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今日思ったこと。

今日は久々にカードを引こうとして
ふと目に入ったガイドブックの言葉。

「すてきなあなたをほめて上げなくちゃ」


そうですね。うん。


モヤモヤ考えることもあるけど
そうした方が良いというか、そうでないとなぁ。

それなりにいいところもあるさ。
だから、ほめてあげないと。


もうひとつ。

「あぁぁ~~なんだか気づけばいろんなものを買ってしまって散財したわ・・・」

次の瞬間

「それだけ自分の自由になるお金があるってこと。」

ああ、そうでした。
自由に使えるお金があるって幸せなこと。
ありがたい、ありがたい。
感謝しつつ、節制もしていこう。


今日はそんなことを思った。

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取るに足らぬこと

このところ、イライラしそうになると

取るに足らぬこと

という言葉を思い出す。

そうそう。
そうなのよ。
余程のことでない限り
普段私の周りで何か起ったところで
そんなものは所詮「取るに足らぬこと」なのよ。
わざわざ取り上げる必要もない、ささいなこと。

この言葉を思い出すと

ああそうだな、いちいち事を荒立ててもしょうがないか、とか
こんなことでいちいち腹を立てては了見が狭いわ、とか
いかんいかん、謙虚になるということを忘れていたな、とか
五体満足、何不自由することなく今が在ることに感謝だよな・・・

と、次から次へと色んな思いが湧いてきて
今まさに私がイライラしようとしてた事象なんて

はんっ

って鼻で笑うようなことでしかないと気づいて
シューっと空気が抜けたようにしぼんでいく。

自制の訓練にはいい言葉。

あなたには私がいる

「あなたには私がいる」


今朝、目覚める時に出てきた言葉。

誰かに言っているような、言われているような。
両方かな。

「毎日楽しいと思えば楽しいんじゃ」

大好きな番組、東京MXで放送中の「5時に夢中」。
金曜アシスタントにミッツマングローブさんが加わり
贅沢すぎる濃いメンツが揃って日々録画がかかせない。

コーナーの一つに、視聴者からの質問に日替わりのコメンテーターが答える
「教えて!ゴジペディア」というものがある。
とある週の質問は「人生の宝物は?」
それぞれの回答に「ほぉ~」と思ったのだけど
一番ガツンときたのは木曜コメンテーター、作家の岩井志麻子さん。

「人生の宝物は?」→「楽天的気質」

岩井さんのコメント
「もちろん家族、友達、そういうものはみんな宝物でございますけど
やっぱり自分の楽天的気質というか、
私ね、ちょっといわゆる中二病というのをこじらせてて
30半ばまで『世の中は汚い、大人はみんな汚い、
どうして世の中は不正だらけでこんなに良くないのかしら、
私はこんなに純粋で真っ直ぐだから生きにくいんだわ』みたいのを
本気で思ってたんですよ。
それが何もかも失くした状態で一人で東京に出てきて
その時にやっと、自分がどんなにチンケで
それこそゾウリムシじゃないけどダメ人間で
逆に世の中がどんなにちゃんとしてて、みんなが真面目に働いて
みんなが一生懸命生きてるのかがわかって
ああ、世の中は楽しんだ、あの、なんか気持ちひとつですわね。
楽しい楽しくない、天国も地獄も心がけひとつであるんだ、と。
別に変な宗教に入ってるわけじゃないんですけど。
ようやく、やっぱりあのー、毎日楽しいと思えば楽しいんじゃという
とっても当たり前なことが宝物でございます。」

番組の最後、岩井さんは普段はエロ話が多いからか
「まさか志麻子さんの言葉に泣きそうになる日がくるなんてビックリです。」
という視聴者からのメールが紹介されていたが
「だから、生きてたら思いもよらないことがあるでしょう、ね?
楽しいと思えば楽しい!」
と大笑いしながら話していた。

ハッとして、ガツンときて、凄く納得。
岩井さんの大笑いする姿に、私も泣きそうになった。

退屈なのは世の中か、自分か。

思わず「う~~~~~~~ん。」と唸ってしまう
地下鉄の車内で見かけたカメラの広告のキャッチコピー。

上手いね。
鋭い。

磨きもしない空っぽの自分を棚に上げて
なんでもかんでも他人のせい。
最初に見た時はハッとした。

自分が動かなきゃ何も始まらないのだ。

人間っていいな

こんな時間に素敵なトピを見つけてしまい
あー絶対明日瞼腫れてるわーと思いつつ読むのが止まらない・・・。

他人の何気ない一言に助けられた


なんか、人間っていいな!!
こんな風に、私もいつも誰かに見守られているんだ。
感謝、感謝。

I am

朝方、まどろみの中で「I am」という言葉が何度か出てきた。
聞こえるような、見えるような。
そのバックで流れていた曲はストラビンスキーの「春の祭典」。
火の鳥という言葉も。

I am。
私。
ずっと昔、UP-BEATの「What am I?」を
同じことを考えてる人がいるなーなんて思いながら聴いてたっけ。

オーラソーマのボトルにもI amってあったな、と探したら
上がレッドで下がゴールドの色合いのb-40。
この色、最近私が作ったブレスとなにやらシンクロしてる。
やっぱり突然したい!と思ったことってそれなりに意味があるのかしら。
オーラソーマでのこのボトルのテーマは「自己覚醒と自己を知る。」
アファーメーションは「私は人生にイエスと言います。」

そういえば少し前、「私は過去への執着を手放します」と
アファーメーションをしながら目が覚めたことがあった。
過去を手放し、今の自分にフォーカス?
夢の中で何してんだ私、と思ったけど
今朝のこととつながってるのかも。

「自分では何も決められないくせに」

「自分では何も決められないくせに」
「自分じゃ何も考えられねぇから 世の中が一つの方向に行くと 簡単に流されちまう」

NHKのドキュメンタリー風歴史番組「タイムスクープハンター」。
昨夜放送された「かぶき者たちの夜」の鷹太郎の言葉にハッとする。
自分の思考を冷静に観察せねば。

やっちゃえやっちゃえ、もっと自由に!

昨夜、ふと出てきた言葉。
イカ天で女性バンドが歌う場面。
何故その場面が出てきたのかわからないけど
「ああ、そうか。そうだね。」
とちょっと納得してしまった。

化学反応

聞いててちょっと恥ずかしくなるんだよね、なんか・・・。

ドラマとか俳優を語る時なのかなー
誰かと誰かの演技(共演?)で化学反応を起きた、などなど。

うわー・・・・と、思う。
言いたいことは伝わるんだけども。

最近よく耳にしてたんだけど
その度に「うーん。その使い方って・・?」と思っていた。

一体誰が最初に使い始めたんだろう?
前からよく使われてたのかな。
私が気づくのが遅いのか?

科学反応(笑)って使われ方だと
聞いてるこっちもニヤリとしてしまうんだけどなぁ。

心のゆとり

先日ふらふらとネットを渡り歩いていたらこんな言葉が。

「花はね、お金のゆとりで買うんじゃなくて、心のゆとりで買うんだよ」

ハッ。
そして、ジーン。

去年あたりからせっせと花の苗を買うようになって
何の心境の変化だろう?と思っていたんだけど
そうか、心のゆとりが出てきたのかもしれない。
一時期は花に救いを求めるような、すがっているような気もして
ちょっとそうゆうのってどうなのかなって凹むこともあったんだけど
そうじゃなくて、焦りは感じてたけど、でもなんかゆとりがあったんだろうな。
自分以外を見る、思うゆとりというか。

この言葉を見た時、ふとそんなことを思った。

子供は真似する、大人は悟る

今朝、目が覚める少し前に出てきた言葉。

その後、ニュアンスは忘れてしまったけど
素直が良い、というような言葉。

なんだろう?

褒め言葉を受け取る

ifさんの「PANDORA」に掲載されている「簡単に出来る運気up」。
何となく、こうした方がいいんだろうな~と実行していたものが
いくつか載っていて面白い。

その中で気になったのは「褒められたら謙遜しないでありがとうと言う」というもの。
これね、少し前から意識してやってる。
自分を褒めてくれる人って、相手との付き合いがどの程度かにもよるけど
親しい人からの褒め言葉、それも何度も言ってくれる言葉ってのは
それはもうお世辞なんかではないはずで、そこで私がいちいち
「いやいや・・・そんなことないっすよ。」って否定するのは失礼だと思うようになった。
相手が自分を評価してくれてるのをバッサリ否定するのって
謙遜っていうと聞こえがいいけど、相手の感性を否定してるみたいで嫌だなって。
だから、相手が褒め言葉を言ってくれた時は、気恥かしいんだけど
なるべく「ありがとう」って言うようにしてる。

ちゃんと私を見てくれてるんだな~って思うと嬉しいじゃん?
それに、他人が評価してくれてるのに、自分が評価しないでどうする?
そんなのもったいない。
拒否しないでじゃんじゃん受け取った方が絶対いいと思う。
相手の評価や好意を受け入れるって自分を受け入れることときっと同じじゃないかな。

以前、テレビを見ていた時のある女優さんの話なんだけど
人から「お綺麗ですね。」って言われた時に
その女優さんはニッコリ笑って「ありがとうございます。」って言ったんだって。
「おいおい言っちゃったよ。認めちゃったよ。」
・・・って昔だったら思ったかもしれないけど
その話を聞いた時「ああ、だから綺麗なんだな。」ってなんか思ったんだよね。
そうゆうもんなんだと思う。

エネルギーは思考についていく

オーラソーマの授業でポマンダーを使う際に
いつも先生が言っていた言葉。

ああ、そうかもなぁ、と思った。
良くも、悪くも。

同じ考えるなら良い事をいっぱい考えた方がいいよね。

本気ゲーム

PANDORAのifさんとメールをしていた時に出た話。

本体はあの世にいて、三次元に自分の影を投影している。
今の自分はチェスの駒のようなもの。
「さて・・・三次元の自分には、これこれの学びが足りないから・・・
ココへ、こうやって・・・。」
と、駒(自分の身体)を動かす。
それを60億人がやっているのだ、と思えばいい、と。

以前PANDORA内で「人生はRPG」という記事が載っていて
最初に読んだ時は意味がよくわからなかったんだけど
最近それがわかるようになってきた、と話したら上記のような返答があった。

すべて、自分が自分の成長のために与えているもの。
先日、仕事の帰りに苛々しながら歩いていた時にふとこのことを思い出し
「・・・アタシはドSでドMか?」と思ったらなんだか可笑しくなってきて
ニヤける口元をマフラーでコソコソ隠した。
それならそれで超えてやりたくなるっつーもんよ、と
俄然やる気が出てきて、そんな自分にまた可笑しくなったり。

・・・というようなことを考えていたら
昨夜のオーラの泉で江原さんが
「この世は魂を鍛えるスポーツジム」と言っていた。
何となくシンクロしてるなぁ。
昨夜のオーラの泉はスピ好きには
耳の痛い話だったんじゃないかね。
現実を生きろってことだもんね。

人生はゲーム。
それも、かなりガチのゲーム。
自分で仕組んだゲームをいかに前向きにクリアしていくか。
そう考えたら、結構面白いじゃん、と思った。

「おはようございます」とか「お願いします」とか

私の職場が入っているビルは最寄りの駅からやや歩く場所にあるからか
駅とビル間の送迎バスがあり、ビル関係者は無料で利用できる。
私も毎日利用させてもらっているのだけど
後ろを振り向いて挨拶をしてくれる運転手さんに対して
それに応えてる乗客があまりいない。
見向きもせずに乗り込む人とか、到着したら我先に降りようとする人とか。

恥ずかしい?
余裕がない?
おはようございますとか、ありがとうございますとか
そんな何分もかからないし、惜しむものでもないよね?

ビルの上層が住宅になっているので、小学生を見かける時もある。
小学生は元気に挨拶してるよなぁ~。

この前、はっきりした声で「おはようございます、お願いします」と
運転手さんに挨拶をしていた男性がいた。
なんか、素敵だなぁ、と思った。

不思議なもので、そうゆうやりとりが耳に入ると
自然と自分も相手へのいたわりというか
「お先にどうぞ。」みたいな気持ちが湧いてくる。

ちょっとしたことだけど、普段のこうゆう心がけって
日々を気持ちよく過ごすためには大事なことなのかも。

自分の感受性くらい

茨木のり子さんの詩、「自分の感受性くらい」。
はじめて目にした時、本当にガツンと殴られたような気分になった。
恥ずかしくて、穴があったら入りたいというか
でも、なんか愛情みたいなものを感じて泣きそうになった。
こんな風に叱ってくれる人がいることが、とても有り難いと思った。



ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ


私は恵まれている

筋トレ、いて座の空模様。

おおおおお!!
そうそうそう、そんな感じ!!


私ってほんと恵まれてるよなぁ~。
これは、言霊であり、実感。
出会ったものが自分の血となり肉となるなら
それは良き出会いだったということ。

故に「私は恵まれている」と感じるのだ。

ジョナサンの星占い

に、おお~っと思う言葉が載っていた。

細菌学者のパスツールの言葉。

「チャンスは準備が整っているものを優先する」


なんかわかる気がする。
っていうか、やっぱりそうゆうもんだよね。

頑張ろうっと。

必要なもの

ジョナサン・ケイナーの今週の予報での気になった言葉。

今のあなたに必要なものはひとつしかありません。
それは「本当に私に必要なものは私を待ってくれる。
待たないようだったら、それは私に必要ない」
ということを信じる能力です。


全部が全部当てはまるかはわからないけれど
そう考えた方が気が楽って時はあるかな。

まぁ、でも、何事も絶妙なタイミングで起こると言うし
自分の成長具合や環境等が整うと
その時の自分に必要なものが現れるんだろうなぁ。

産んでくれてありがとう

先程、ふと出てきた言葉。

君は間違ってない

あることに対する自分の対応が良かったのか悪かったのか、を
考えながらテレビをつけたら

「君は間違ってない。君は間違ってないよ。」

という言葉がいきなり耳に飛び込んできた。

見ていたのは「鹿男あをによし」の再放送。
答え?をくれたのは玉木宏さん。
なんか、凄いはっきり断言してたから驚いた。

シンクロ・・・?
テレビは質問に答えてくれるって聞いてたけど、これもそうなのかしら??

カラーボトル

そういえば、昨年までいた職場では
仕事上、いつも「カラーボトル」という言葉を見聞きしていた。

その時は「仙台出身のバンドの名前」としてのものだったんだけど
昨年末からその「カラーボトル」を扱う
オーラソーマの勉強を始めるようになった。

毎日毎日見聞きしてたから
それが刷り込まれちゃったのか、
何かのサインとして
私の周りを飛び交っていたのかはわからないけど
ふと気がついて、なんだか面白くなった。

他にもそうゆう偶然いっぱいあるんだろうな。

自分の信念を持つ

オーラの泉での美輪さんと江原さんの言葉。

自分の信念を持つと人の意見に振り回されない。

自分の考えが不安定のまま
誰かの発した言葉に感銘を受けると
それがさも自分から発せられた思い、辿り着いた結論であるかのような
錯覚を起こすことがあるのではないか。

ワタシとこの人の考えていることは一緒だ、
この人ならワタシを理解してくれる、
この人の教えについていけばいいんだ・・・

と、ならない為にも日頃から自分の考えを
見極められるようにしておいた方が良いのかもしれない。

本当にそれが、自分が導き出したものなのかどうか。

本当のことは表には出ないのかもしれない

ある日、ふと思った言葉。


だから、心眼で見る訓練が必要なのかも。

人づきあいは腹六分目

と、先日のオーラの泉で美輪さんが言っていた。

ほーーんとーーーーーーにそうだよね。
深入りしすぎるのもあとあと面倒なことになったりするし。
とは言え、あまり離れすぎるのもなんだかさみしいし・・・。

ちょうどいい距離感を保つのってなかなか難しい。
理屈ではわかるんだけど、感覚がつかめなくて何度も失敗し
その度に自分の社会適応力のなさに凹む。

いつになったら自分が納得のいく
腹六分目のつきあいができるようになるんだろうねぇ。。

新しい扉を開く

お昼のワイド番組「ピンポン」。
見るともなしに見ていたら
福澤さんのタイトルコール後の
「新しい扉を開きましょう~」と言う言葉が
突然耳に飛び込んできた。

これ、毎日言ってるのかしら。
たまに見てたけど今まで気づかなかった。

新しい扉を開く。

最近よく目にする言葉だなぁと思ってはいたけど。
それに気づかないフリもしていたけど。

いい加減、無視すんなよって
言われてるような気がした。

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